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zoom RSS 「治天ノ君」大楽日観劇

<<   作成日時 : 2016/11/11 17:28   >>

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11月6日14時〜 シアタートラム C列
劇団チョコレートケーキ第27回公演 

【脚本】 古川健
【演出】 日澤雄介
【出演】 大正天皇・・西尾友樹 
    
    昭和天皇・・浅井伸治 
    四かま孝輔・・岡本篤 
    原敬・・青木シシャモ 
    有栖川宮威仁・・菊池豪 
    大隈重信・・佐瀬弘幸 
        明治天皇・・谷仲恵輔 
    牧野伸顕・・吉田テツタ 
    
    貞明皇后・・松本紀保

画像



明治は45年、昭和は64年。
それに比べて大正は15年。あまりにも短く感じます。
おまけに大正天皇の実質的な在位は10年くらいだった・・・・。

偉大な明治を継ぐには、あまりにもひ弱で資質に乏しいと思われていた明宮(はるのみや)。
交代しようにも他に男子はいない。
後世の人間には「おつむが弱かった(私の祖母談)」とまで言われてしまっていた大正天皇。
でも本当にそうだったのか・・・・。

とんでもないフィンションです。
天皇家を描く。
勇気が要ったと思います。

富国強兵を推し進めるためには、権威としての天皇がどうしても欠かせなかった時代。
明治天皇は息子である嘉仁にもそれを求めます。
でも彼は、むしろ人として「好人物」だった・・・・。
それに反して大正天皇の息子である皇太子裕仁は明治帝に似て、かつ、その治世を踏襲しようとさえしていた。
天皇は人であってはならない。
人として向上しようとする父君ではダメだ、と考えてしまったのです。おまけに大正天皇は業病にかかっている。

天皇としての威厳を保つために人としての尊厳を奪われる大正天皇。
奪ったのは息子・・・・・。
国家を象徴する、大隈、原、牧野の3人。
誰も私心で行ったことではないのだけれど、1つの時代を一人の人物とともに葬ってしまう恐ろしさ・・・・・。
たった一つの救いは、皇后が無上の理解を示していてくれたことでした。
(皇后を演じた松本さんの語尾が変、という意見もあるようですが、些細なことと思います。誰か貞明皇后の話し方を聞いたことあるのか。)

歴史の上での「もし」は付き物です。
もし、大正天皇の体が健勝なら。
もし、昭和天皇が父君を尊重していたら。
もし、有栖川威仁親王がもう少しそばにいられたら。(蛇足ですが、彼の兄宮がかの和宮の婚約者だった人です。私は、この有栖川宮家の断絶が、その後の皇室の有り様に大いに関わっていると思っています。)




さて、後世の私たちは歴史のその後を知っています。
明治の再現を試みた昭和の時代に何が起こったか。
大正天皇の4人の皇子たちのその後も。



1度観たいと思っていた劇団の公演でした。
全国、ロシアまで回っての大楽日観劇。
そして今日、あまりにもタイムリーな上演だったというべきでしょう。
大正天皇の親王三笠宮の薨去。
11月3日を明治の日にしようなどと言い出す亡者の出現。
(もう一度言います。明治の再現を試みた昭和の時代に何が起こったのか!どれだけの国民が踏みにじられて死んでいったか。)

でも短かった大正時代が、日本の歴史の中での私たちへの関わりの深さは、明治にだって劣ってはいません。大正デモクラシー、大正ロマン、大正モダン、女性解放、マスコミの発達・・・・。
今の私たちは、ある種の憧憬を持って大正を見ます。
大正天皇の4皇子は決して短命ではなかったし、孫たちはとても闊達な人柄でした。

とすると、本当に大正天皇嘉仁は
弱い人物だったのか!



象徴としての玉座とそれに続く絨毯のみのセットの中、重厚な会話劇が、むしろ淡々と進んでいきます。それなのに天皇の苦悩、苦渋がどんどん迫ってきて。
よく覚えていないのですが、あるシーンで決壊しました。
それ以降涙が止まりませんでした。
できることなら声をあげて泣きたいくらいに心が締め付けられました。
劇評家の渡辺保氏をして、「現代日本演劇を代表する作品の1つ」と言わしめた作品の再演。
トリプルコールと西尾さんのご挨拶ありました。

深く深く感動しました。

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